わたしたちは、世界的に深刻化する生態系の劣化・生物多様性の崩壊に新たな突破口を見出すためのヒントの多くは、従来の保全生態学領域の外側、具体的には「人と自然のインターフェース(境界域)」 にあると考えています。当研究グループでは、生態学を中心に様々な分野の手法を用いて、人と自然の関係性に関する様々なトピックを研究しています。以下に、現在進めている主なトピックを紹介します。


都市生態学:都市化する地球の未来を考える

21世紀は「都市の時代」です。都市はそれ自体が生物多様性の脅威である一方、人と自然の共生へのソリューションにもなります。実際に、都市の生物多様性は人々に様々な恵み(特に健康上の便益)を提供するため、都市生態系を適切に設計・管理することで人と自然がwin-winの関係となるシステムを創ることが出来るかもしれません。わたしたちは、都市における生物多様性と生態系サービスの分布パターンや決定要因、両者の関係性等を明らかにすることで、人と生態系の双方にとって望ましい都市の開発戦略を提案することを目指しています。

[主な関連論文] Soga et al. (2013) Animal Conservation, 16, 16-18. Soga et al. (2014) Journal of Applied Ecology, 51, 1378-1386. Stott et al. (2015) Frontiers in Ecology and the Environment, 13, 387-393.


人と自然の関係性の科学:自然共生社会の達成に向けた新たな試み

わたしたちは、自然共生社会(人と自然がwin-winの関係となる状況)を構築するためには、人と自然の「関係性(相互作用ダイナミズム)」そのものを理解することが重要だと考えています。これまで抽象的に議論されがちだった人と自然の関係性というトピックをより定量的・体系的に調べることで、人と自然の双方に便益が提供される理想的な生態系を創ることが出来るかもしれません(以降のトピックとも深く関連します)。わたしたちは、現在多くの地域で人と自然が互いに損をするlose-loseな状況が生じており、こうした状況を反転させることで人の健康と生態系の健全性を向上させることができると考えています。

[主な関連論文] Soga & Gaston (2020) Proceedings of the Royal Society B, 287, 20191882. Soga et al. (2021) People and Nature, 3, 518-527. Soga & Gaston (2022) Nature Sustainability.


経験の喪失スパイラル:失われゆく人と自然の関わり合い

急速な都市化や生物多様性の衰退に伴い、人と自然との関わり合いが失われつつあります。こうした大規模な人と自然の関係性の希薄化、つまり「経験の喪失(extinction of experience)」は私たち人間社会だけではなく、生態系保全にとっても重要な影響をもたらす恐れがあります。なぜなら、直接的な自然との関わり合いは人の健康や幸福を維持するだけではなく、社会の環境保全意識を醸成するうえで重要な役割を持つからです。私たちは、経験の喪失の動態、駆動因、帰結を調べるとともに、この現象がもたらす負の影響を緩和するために有効な方法を提案することを目指しています。

[主な関連論文] Soga et al. (2016) Biological Conservation, 203, 143-150. Soga & Gaston (2016) Frontiers in Ecology and the Environment, 14, 94-101. Soga and Gaston (2023) One Earth. Soga and Gaston (2023) Conservation Letters.


基準推移症候群:世代をまたいだ集団的記憶喪失

人は「異常」な環境に日常的に接していると、それを異常と思わなくなる傾向にあり、こうした現象は「基準推移症候群」と呼ばれます。子供の頃に見た世界は、親世代から見てどれだけ荒れ果てた世界であっても、その人にとってはあるべき世界の基準となります。そのため、環境が刻々と劣化している状況では、世代が進むにつれて環境に対する基準は次第に甘くなっていく恐れがあります。私たちは、基準推移症候群の駆動因や帰結を調べるとともに、この現象を緩和するために有効な方法を開発しています。

[主な関連論文] Soga & Gaston (2018) Frontiers in Ecology and the Environment, 16, 222-230. 


自然から得られる健康便益:生物多様性がもたらす究極的な生態系サービス

私たち人間は、自然と関わることで様々な健康上の便益を得ています。こうした便益は、慢性疾患や非感染性疾患(うつ病、高血圧、糖尿病等)を引き起こしやすいライフスタイルを送りがちな都市住民にとっては特に重要です。私たちは、自然との関わり合いの種類(国立公園のような原生な自然から都市農園まで)や程度が健康便益に及ぼす相対的な重要性を明らかにするとともに、健康便益を最大限に享受できるような緑地管理、都市計画、自然体験プログラムを提案することを目指しています。本テーマについては、現在積水ハウスと共同研究を行っています。

[主な関連論文] Soga et al. (2017) International Journal of Environmental Research and Public Health, 14, 71. Soga et al. (2017) Preventive Medicine Reports, 5, 92-99. Soga et al. (2021) Ecological Applications, e2248.  


生物に対する恐怖(バイオフォビア):生物多様性保全に対する目に見えない脅威

人には、本能的に自然を愛でる性質があると言われています(バイオフィリア仮説)。その一方で、我々には特定の生き物や景観(ヘビや薄暗い森等)を強く忌避する性質(バイオフォビア)も備わっています。こうした生物に対する忌避反応は生得的なものだと考えられていますが、文化や社会の影響も強く受けます。実際、現代社会(特に経済的に発展した国や地域)には、本来人間に危害を加えない生物を忌避する人も数多く存在します。バイオフォビアは私たち人類の生存を助ける重要な性質であったことは間違いありませんが、過度なバイオフォビアの蔓延は人間社会と生物多様性保全の双方に負の影響をもたらす恐れがあります。私たちは、バイオフォビアの駆動因や帰結を調べるとともに、過度なバイオフォビアを緩和するために有効な方法を開発しています。

[主な関連論文] Soga et al. (2020) Biolocial Conservation, 242, 108420. Fukano & Soga (2021) Science of the Total Environment, 777, 146229. Soga & Gaston (2022) People and Nature. Soga et al. (2023) Trends in Ecology and Evolution.